中学で教師から教わった英語の基礎は何のために学んだのか分からない

中学に入学した時、

 

「これで自分も英語が話せるようになる!」と大きな期待をしました。

 

でも、まもなく????の連続になりました。

 

授業でやっていることがつまらないし、

 

何のためにそれを学んでいるのかが分からなかったからです。

 

 

 

 

例えば、

 

"This is a desk." を正しい日本語に訳しなさいと言われ、

 

「これは一つの机です。」と答える。

 

 

 

 

意味は正しいでしょう。

 

でも、「一つの机」って日本語としておかしくないですか?

 

先生の説明では "a" の意味を理解しているかどうかが重要だから

 

「一つの」が訳文に含まれていないと正解ではないと。

 

 

 

 

日本語で、日常ですべての物に対して常に複数と単数を明確に言葉で表現してますか?

 

 

 

こういう違い。

 

正しい日本語に訳せと言われ、不自然な日本語に訳さないと正解にならないという矛盾。

 

 

 

 

更に、

 

"Is this a chair?" これを訳すと模範解答は

 

「これは一つの椅子ですか?」

 

 

 

 

一目見てそれが椅子かどうか分からないという経験、あります?

 

かなり特殊な状況です。

 

 

 

 

先生はいつも言っていました。

 

「これを応用すればどんな分も作れるようになります。」

 

例文を考え直さないといけないのではないでしょうか?

 

 

 

 

まだまだ続きます。

 

"Is this a chair?"

 

「これは一つの椅子ですか?」

 

 

 

 

"No, it is a desk."

 

「いいえ、それは一つの机です。」

 

 

 

 

椅子と机の違いも分からない人は、勉強なんかしていないで病院に行くべきです。

 

 

 

"I am a boy. Are you a boy?"

 

「私は一人の男の子です。あなたは一人の男の子ですか?」

 

 

 

 

 

"No, I am a girl."

 

「いいえ、私は一人の女の子です。」

 

 

 

 

喧嘩になりますよ。セクハラです。

 

 

 

 

私が通った中学では、上記の例文で「一人の」が記載されていないと減点でした。

 

 

 

 

当時の先生たちは何の疑問も抱かなかったのでしょうか?

 

それが不思議です。

 

 

 

 

一生使うことがないであろう、奇妙な例文の数々。

 

まさか今の中学の教科書はこうではないですよねぇ?

 

どうなっているのか気になります。

 

 

 

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